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リスクとサラリーマン

Sonoma Wire Works やりたさに、LogitecのICレコーダーアダプタを注文。

社会全体では、おそらくrisk loverよりrisk averterのほうが多いだろうが、そういう人はサラリーマンになるので関係ない。
「シュンペーターの逆説」(池田信夫 blog)
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/fef554c43c88f4187755b441ca784276

この部分が論旨の中心でないにしても、頷き合いの共同体の中で、浅はかな意味が広まっていくのは気持ちが悪いので。
リスクというのは損失の可能性。なので、それ単独であれば近寄る人はいない(裕福なマゾでない限り)。つーか、損失をしてもよいという意思決定はある意味ルール違反。
なぜ人がリスクに近づくかというと、その裏にはチャンス(利益獲得の可能性)があるからだ。チャンスとリスクを天秤に掛けて(時に論理的に、時に飛躍的に)意思決定を行う。またはプロセスの中で、リスクの抑制とリターンの拡大を、バランスをとりながら行う。
会社には、そういうチャンスとリスクが混ざった「仕事」が集まっている。「案件」が会社に集まっているから、人が集まる。
そういう仕事したさに、年収を下げてまで、クビのリスクを高めてまで転職する人もいる。そういう人も、会社に属していればサラリーマンだ。「それは会社にいても起業家だ」という詭弁はお断り。
おそらくゲーム理論の一般的な文脈で「lover」や「averter」を使っているのだろうが、チャンスなきリスクの「lover」のような変態を想定していると勘違いしてはいけない。

武満→キリンジ

iPod Touch でシャッフル再生していたら、不意に武満→キリンジの流れが。

「それは或るメロドラマ映画の悲恋のシーンにつけられたBGM音楽なのですが、余りに素晴らしいので映画に使うのが勿体なくて、ひそかに私が使わずにとっておいたものです。私はあらゆる音楽を通じてこれほど哀しい音楽を知りません。いうならば哀しみの表現の極致と云えるでしょう。貴方と私しか知らないこのメロディを、いま霊前に捧げて、私たちの若き日の共通の想い出を偲び、ご冥福を祈らせてください。」
(黛敏郎の弔辞「武満さん さようなら」より)

武満徹「MI・YO・TA」(歌・森山良子)
http://itunes.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewAlbum?i=76045443&id=76045386&s=143462

キリンジ「鼻紙」
http://itunes.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewAlbum?i=204657931&id=204652770&s=143462

三善晃の音楽

カメラータ・トウキョウから「三善晃の音楽」という3枚組のCDが出た。沼尻竜典の指揮、東京フィルハーモニーの演奏で行われた「三善晃の世界」をCD化したものだ。

足掛け2年にわたった3回シリーズは、すべて聴きに行き、全身に電流が走るような感動を受けたものだ。そのときは「CD化するならボーナスで買い占めて配る」と密かに思っていたが、いざ出ると少し躊躇する。あの生の響きが、CD化されたときにどうなるという不安がよぎるからだ。

なんて逡巡しているというのに、Yahoo! 知恵袋ときたら!w

Q そのCDを聴いていて、音が外に漏れると、近所で悪い新興宗教にあたった人だと、噂が流れるような音楽は、何でしょう?

A 三善晃の「レクイエム

だれが、どぶねずみのように ぎぇーーーーーチリリリリリrンー ひょーーーーーーーーーーーーん かくれたいか! ギュヒョーーーーーーーーーティリユォーバラバラガタガタガタヒュフユン…

…あとはもう書けない

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1219974302

一方で、演奏する側は大真面目だ。

■指揮者:沼尻 竜典

この公演に来ることが出来ない人は、本当にもったいない。
この「レクイエム」は、本当に一人でも多くの方に聞いてもらいたいです。
今夜は特別な演奏会になると思います。多くの方のご来場をお待ちしております。

ミヨシスト達の告白
http://www.tpo.or.jp/japanese/concert/miyoshist7.html

amazonで「三善晃の音楽」を買う。

「更新通知する」にした

ブログが検索エンジンに引っかからない理由がわかった。設定が「更新通知しない」になっていたからだ。「更新通知する」に変更したものの、これまでgoogle でヒットしないことで安心して書いていた向きもあることに気づく。ドアを閉めずに用を足しても誰にも見られない、というような。ただ、自分のためというよりかは、自分が書いた対象が「検索されない=存在しない」から脱却するためには、こちらも多少変わらなければならないかなと。どうせ「更新通知しない」にすれば、また存在しないことになるし。そんなことしなくても、ブログやめればいいんだが。

プーランクの「メランコリー」。ウェブの世界の昇降口くらいしか見てないのだろうなとも思いつつ、ある一面ではこれ以上入っても何か救われる世界があるとは思えないときがある。それはウェブが、マクルーハンの定義による「クールなメディア」たるゆえんなのかも。一言で言えば「脇の甘さ」「詰めの甘さ」か。ウェブで脇が甘くないものやられても、しらけることがおおいんだけど。脇の締まったものは別のメディアで味わえばいいし。

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