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マーケティングとPRの新しいルール

今朝、アマゾンで本の注文をしてから出勤した。家に帰ってきたら、もう着いていてビックリした。速すぎるなあ。誰が大変な目にあっているのだろうか。

注文した本は『マーケティングとPRの実践ネット戦略』。いしたにまさきさんが翻訳プロジェクトのプロデューサーを務めた本だ。

まだ手に取ったばかりの段階で。「実践ネット戦略って?」という疑問に対しては、原題が「THE NEW RULE OF MARKETING & PR」ということで、必ずしも戦略じゃなさそう。これは、日本のビジネスマン(パーソンでなく)が戦略好きだということで。

でも実際には、先達が煮詰めた「ルール」を読むのは勉強になる。たとえば(・・・パラパラパラ)「メディアにどう売り込むか」。これは重要だ。p207「1人の記者に絞る」。いいと思う。「記者が大きな絵を描けるようにする」。いやーヤラレタ。

「メールにファイルを添付しない(頼まれないかぎり)」。これも重要だよ。発信側のアリバイ作りに付き合っていられないからね。本文で簡潔に書こうよ。いいよな、こういうレベルの本。戦略じゃないけど、マニュアルでもない。こっちの方が使える。いい意味で、トイレに置いて読もう。

ベートーベンの交響曲全集は、どれが買いか

誰に読まれるでもなく文章を書き散らしておくのは、後から読むと、そのときの気分がわかって面白い。リーマンブラザーズ破綻前の昨年8月に「今年(2008年)あたりから世紀末中の世紀末に突入するということになる。どおりで状況はグダグダなわけですよ」と書いたのは、そのころの気分を忠実に反映している。

この日のエントリーには「古典というのは、こういう世紀末現象に対する解毒剤として有効なのではないか」とも書いていたが、その気分はますます濃くなっている。

で、円高のチャンスを活かすことをしたいと思っていたこともあって、久しぶりに渋谷HMVに行き、輸入盤でベートーヴェンの交響曲全集を買った。サヴァリッシュ指揮&ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団の5枚組で、3,300円ちょっとだったと思う。帰ってからネットで見たら、3,015円だった。せっかく店に足を運んでいるのに高いのかい!

で、ついでに他の演奏も調べてみた。次の6つはアフィリエイトじゃないので、安心してリンクを踏んでください。

・サヴァリッシュ指揮(¥3,015)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1435301

・ブロムシュテット指揮(¥3,015)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/639542

・カラヤン指揮(¥3,190)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/901422

・バーンスタイン指揮(¥3,290)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1883054

・ヴァント指揮(¥4,991)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/39777

・スイトナー指揮(¥5,040)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1074845

ベートーヴェンの交響曲というのはね、好き嫌いは別として人類の貴重な文化遺産です。ですから、これらは安すぎるんですが、安いのは歓迎されるべきことです。どの曲でもどの演奏でもいいから楽しんでおくといいですよ。

他にもフルトヴェングラーやトスカニーニやクレンペラーや、マズアやラトルやバレンボイムや・・・無数の全集が出ていますが、いわゆる有名人でない指揮者が、淡々とやっているものをお勧めしたいです。具体的にはサヴァリッシュ、ブロムシュテット、ヴァント、スイトナーあたりです。N響を振っていた親日派が多いですね。

なんせベートーヴェンは「古典派」なんです。聴いていて身に沁みる清潔な形式感みたいなのが、いまの世の中の気分とは違う要素を注入してくれます。もちろんロマン派的な要素もあるので、手塚治虫先生のように仕事場で掛けて、気分を盛り上げることもできます。

ということで、「田園」のフィナーレを。ぜんぜん典型的な古典派じゃないけど。カラヤンの動画とかは、やっぱりそぐわないので、youtubeから無名の演奏を。動画もなし。

アマゾンだと1,500円を切るものもあるようです。怪しげなものではないので、安く済ませたい人には十分選択肢になりうると思いますよ。

共産主義の定義

次の選挙でどの党に投票するのかを考えるときに、

アラン・リピエッツ 資本家に賃金労働者の生活を考慮させ、彼らを保護する制度的手段をとらない限りプロレタリアの消滅を通じて資本主義の解体がもたらされかねないことを理解させたのは、社会主義の闘争の偉大な成果でした。社会主義といっても、なにか理想的な状態を目指す社会主義ではなく、資本主義社会の中にあって現実的に矛盾を克服しようとする運動としての社会主義です。
浅田彰 ちなみに、それこそがマルクスによる共産主義の定義だったわけですね。
(『「歴史の終わり」を超えて』p136、1993年の対談)

こういう意味での「社会主義」「共産主義」を明確に唱えてくれる党があったなら、人気を集めるんじゃないかと思う。「プロレタリアの消滅」だってありうるような勢いだもんな。ただ、それを日本で引き起こしているのが、いわゆる“資本の暴走”ではなく、“経営者の無責任さ、横並び意識”だったら嫌だなと思う。

で、日本共産党の弱点は、「資本主義社会の中にあって現実的に矛盾を克服しようとする運動」ではなく、「なにか理想的な状態」を目指している点だ。

ともかく、社会主義、共産主義ってのは、産まれたときから資本主義とセットということだ。双子。なるほど、戦後まっさきにGHQが労働3法を制定した理由がわかる。もっとも、なんとかイズムが重要なのではなくて、「現実的に矛盾を克服しようとする運動」が重要だということだろう。

資本主義が最初から自壊するプログラムを抱えている、矛盾をはらんだ運動であると理解していれば、いまごろ「転向」せずに済んだのに。中谷巌さん、あなた、しばらくソニーの取締役会議長やってたけど、経営責任は大きいよ。「転向」したって、責任は逃れられないと思う。

反―集中力

正直言うと・・・目の前の人の話よりも、その後ろの人の話の方に気をとられてしまうのは、なぜだろうか。その人の話に割り込んで、論理の矛盾を指摘したくてたまらなくなるのはなぜだろうか。その話よりも、天井のスピーカーから流れてくる音楽に耳を奪われてしまうのはなぜだろうか。そして音楽のメロディーよりも、内声部を追ってしまうのはなぜだろうか。結局、勝どきのデニーズで大事な打ち合わせをしているというのに、店内に流れるオーケストラ曲の、ヴィオラの刻みや対旋律しか聞いていない。日本橋室町の小さなオフィスで掛かっているFMラジオが気になって、たまらず「済みません止めていただけませんか」と言って不機嫌な顔をされる。この、反―集中力ともいうべき力が、

当面の課題から一時離れ、例えば愛する者と一緒にいて別のことを考えると、最も良い考えが浮かぶ。その課題に必要な絶妙の着想が得られる。
ロラン・バルト『テクストの快楽』

という風に機能すればよいのだが、今のところ、そういうコントロールは利いていない。僕は君らと違って、大変なハンディを背負っているのだが。

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