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キリンジ「カウガール」

日曜日に近所で縁日があったので、いちばん暑い午後2時ごろにサンダルをつっかけて出掛ける。雲ひとつない青空。生ビールを紙コップいっぱいに注いでもらって、口をつけながら駐車場を歩いていると、段差につまづいた。そのまま体勢を立て直し損ねて、5メートルほど吹っ飛び、空のクーラーボックスに脳天から突っ込む。なぎ倒されるアルミのテーブル。生ビールのしぶき。上がる悲鳴。「どうした」「だいじょうぶか」という野太い声。「あ・・・、だいじょうぶです」とようやく立ち上がったが、右の膝頭からは血が流れている。アスファルト塗りなおしたばっかりだから、コールタールの粒が粗いんだもんなあ。近くにいた外国人の女性がくれたティッシュペーパーで、まずは濡れた額を拭く。紙コップの中身は半分に減ってしまった。泡だらけの眼鏡をかけた中年男が、子どもたちの間を通り過ぎる。立ち上る陽炎。こぼれたビールは蒸気となって空へ。BGMはキリンジの「カウガール」。キリンの生ビール。夏本番だ。

若杉弘追悼

若杉弘氏が亡くなった。元歌手の畑中良輔氏が朝日新聞に追悼文を寄せているが、ネットでは見られないので、紙面をスキャンしてアップ。著作権の問題かもしれないけれど、なんとかならないものか。

若杉氏は本場ドイツでも活躍したオペラ指揮者だったので、典型的な芸術家というイメージがあるが、畑中氏が明かすエピソードから、基本はエンターテインメントの人だったということが伝わってくる。オペラを純粋芸術というよりは、娯楽と考えていた。それは根っからの教養人だったからだ。

訃報を聞いて、若杉氏が去年、『軍人たち』(B・A・ツインマーマン作曲)を日本初演したことを思い出した。ちょうどそのころ私は、これからの世の中を生き延びるために、長期の有給休暇を取得して、本やCDの多くを神保町やヤフオクで大規模に処分していたところだった。

その中に『軍人たち』のCDもあったのだが、絶盤だったこともあり、定価の3倍以上の高値で処分できた覚えがある。同じころ若杉氏は、腰を疲労骨折させながら、命の最後のともしびをこの曲の初演に捧げていた。

CDを売ったときには「自分はこれを娯楽だと思って楽しんできたが、それは大多数の感覚とはズレているだろうから、その感覚ごと手放さなければならない」と思っていた。しかし、若杉氏は『軍人たち』を、きっとエンターテインメントとして見て上演に情熱を燃やしていたのだろうし、それでよい※ということは、ニコ動の反応(「おもちろい」など)でもわかる。

(※「それでよい」とは書いたが、それを楽しめる人が大多数ではないとか、いくら税金使ってるんだとか、そういう経済的な「問題」?は残る。)

私は若杉氏の日本初演の試みを知り、一瞬興奮しながら、CDを売り、公演を黙殺した。恥ずかしい限りだ(・・・という懺悔の言葉も言い飽きた)。自分はこれからも、そういう勘違いに意味もなく悩み、手放さなくてもいいものを手放し、手に入れなければいけないものを入れ損なう中途半端な道を歩むことになると思うが、バカにもなりきれない阿呆なんだからしかたのない話、ということにしておく。

そういえば、畑中氏の記事に武満徹との写真が載っていたが、私は武満の音楽をもっともよく理解して演奏したのは、小澤征爾でも岩城宏之でもなく、若杉さんだったと思う。若杉さんは、武満をベルクやウェーベルンといったヨーロッパ音楽の系譜の中で理解し演奏した。これは正しいと思う。

ということは、外人さんから見れば小澤さんのようなエキゾチ(シ)ズム(一種のB級的要素?)に欠けているということになるが。それは見方によっては不運だったかもしれない。とにかく、A級の凄い日本人がこの世にいたということを書いておく。

プーランク「ホテル」の画期的歌唱法

YouTubeでプーランクの「ホテル」を検索すると、最近は歌の意味や雰囲気を踏まえた動画が出始めた。だいたい、この歌をオペラ風に歌い上げて、観客が拍手大喝采なんて、まったくナンセンスだ。だって、「働きたくない、煙草が吸いたい」って歌なんだよ。少しはアポリネールが書いた詩(英訳あり)を尊重すべき。

最近アップされたものから5点ばかりメモ代わりに。5番目のは、やりすぎかもしれないし、どういう意図を持ってああ歌っているか分からないけど、僕が捜し求めていたというか、「こういうのがあってもいいんじゃないかな」と思っていたものに近い。まだ世界中で30そこそこしか再生されていないが、大化けする可能性・・・まではないが。

1.まずは音も歌もいいけど、ちょっとゴージャス過ぎ?最後は投げキッスか煙草一服で拍手の例

2.若いブロンドの例。歌手にはルックスも大事な要素。
会場の広さも歌にふさわしい。

3.なかなかムードある例。しかし会場が広すぎか

4.ピアノに寄りかかりの例。歌詞の倦怠感は、すごく意識されてる。〝Je ne veux pas travailler...〟(働きたくない)という部分なんか、ウンザリ感が出ている。しかし、やはり若い女性が歌うのには限界があるのかも。「あなたなら働かなくても、どこかの紳士が囲ってくれるんじゃないの?」と思ってしまう。会場は渋いが、やはり広すぎ。

5.唯一の男性が歌う例。ふざけてる?いや、これ正しいかも!

歌いだしの〝Ma chambre a la forme d'une cage〟(私の部屋は鳥かごの形)が、ここまで絶望的に歌われたことがあっただろうか。ていうか〝cage〟って「檻」とか「監禁室」とか訳してもいいけど。とりあえず、これを「ひきこもり男バージョン」または「ニート男バージョン」と名づけておこう。ニートには就労意欲がないとは限らないが、とりあえずということでご容赦を。

<東京の夏>が終わる

<東京の夏>音楽祭が、25年目の今年で終了するという。記憶にある限り、1988年の第4回「パリからパリへ」の回には、何度か足を運んだ。そのころには都内のコンサートホールの裏道はだいたい把握していて、楽器運搬のトラックとともに裏口から入って、空いた席に座ってタダで聴いていた回もあった・・・かもしれない。

ジョルジュ・プレートルが来日すると知って、彼が録音したフランシス・プーランクのレコードを持っていき、楽屋に「サインしてくれ」と頼みに行った。するとプレートルはゲラゲラ笑って「これは俺のじゃない、クリュイタンスじゃないか!」。慌てて出てきたので、アンドレ・クリュイタンスが録音したルーセルの「蜘蛛の饗宴」のレコードを持ってきてしまったのだ。しようがないから、着ていたTシャツにサインしてもらった。

確か、同じ頃、<東京の夏>ではなかったけれど、赤坂かどこかで関連したフランス音楽のコンサートがあった。そこで、江戸京子さん(ピアニストで、東京の夏を主催していたアリオン音楽財団理事長)の姿を見かけたので、一緒にいたフランス人のご婦人が誰か聞いた。江戸さんは写真で見たことあっただけなのに、今考えれば、ものすごく図々しいやつだ。しかし江戸さんはご親切に、「あら、お話なさる?」なんて感じで紹介してくれた。

アンリエット・ピュイグ=ロジェ。伝説のピアニスト、オルガニストだった。「それでは、(フランス)六人組の方たちはご存知なのですね」と言うと「そりゃあよく知ってますよ。プーランクさん、オーリックさん、みんなお友達でした」と答えてくれた(全部江戸さんの通訳)。そして「赤ワイン飲みに行くけど、一緒に来る?」と誘ってくれたが、もうそれ以上は胸がいっぱいでついていけなかった。

アンリエットさんは、それから数年して亡くなった。あの頃のぼくに、「いやあ、実は<東京の夏>には、もう15年も行ってなくてさ」なんて言ったら、逆上するだろうね。本当にひどいことだと思う。行動していないということは、本当に理解していないということだよね。認めます。済みませんでした。

プーランクの「2台のピアノのためのコンチェルト」第2楽章。第1ピアノがプーランク自身、第2ピアノがジャック・フェヴリエ、指揮が若きジョルジュ・プレートル。

サーカス・ポルカ

岡田暁生氏の『音楽の聴き方』購入。気になる人には気になるが言葉にしにくいテーマについて、さまざまな知識を駆使して説明してくれる。誰もが楽しめる分かりやすい新書があふれていること自体はよいことだと思うが、「誰もが暇つぶしに使える本」ばかりでは物足りない。やはり本当に読みたいのは「私(のような人)にとって最高の暇つぶしの本」である。もし人生が、長い暇つぶしなのだとしても。中公新書GJ。

少しだけ非常に乱暴に引用するとしたら、本書172~173pから。

自分が快適ならば、面白ければそれでいいという聴き方は、やはりつまらない。・・・歴史と文化の遠近法の中で音楽を聴くとは、未知なる他者を知ろうとする営みである。

もしくは、端的に168p。

「音楽を聴く/語る」とは、音楽を歴史の中でデコードする営みである。

この視点から見て、カラヤンという人の録音は、その当時から、歴史と文化の遠近法を抹殺していたから、面白くもなんともなかった。ただ、いまとなっては、そういう演奏が成り立つ当時の必然性が、歴史と文化の遠近法の中で立ち上がってくるから、それなりに面白く聴けるものも出てくるわけだ。

ただ、文脈さえ分かれば何でも面白く聴けるわけではない。カラヤンは、同時代の作曲家でさえ、自分の美学に合わないものは理解しなかった。演奏を「未知なる他者を知ろうとする営み」とは考えなかったのである。で、演奏しなけりゃいいのだが、すべてカラヤン風にして何でも録音しちゃうからいけなかった。

例えば、ストラヴィンスキーの「サーカス・ポルカ」。シューベルトの「軍隊行進曲」のパロディが始まる直前、2分58秒から3分02秒までの間で「ターラ」という音型を、大きく3回繰り返している。

作曲家の自作自演?(※)では、この音型が繰り返されているのは2回だ(3分06秒から3分09秒まで)。(※たぶんこの動画は、YouTube のクレジットとは異なり、ケーゲル指揮の演奏だろう。手持ちの自作自演とは違う。)

私は、カラヤンが楽団を前に「ターラ、をもう1回リピートして」と、楽譜を改変したのではないかと思う。ちなみにこの曲は、サーカスの若い象のバレエのために書かれた。振付はバランシン。もしかしたらストラヴィンスキーがカネ目当てで作った「改訂版」なのかもしれないけど。そうだったらすみません。

なお、岡田暁生氏は他に、『西洋音楽史―「クラシック」の黄昏』『CD&DVD51で語る西洋音楽史』などの良書を出している。それぞれアプローチを変えているが、一貫して同じ姿勢を打ち出しているから、一緒に読んでみてもいいと思う。特に後者。(芸術選奨新人賞受賞の『ピアニストになりたい!』は未読。)

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