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さよならアリシア

事情があって神田から泥酔して帰宅。どのくらい泥酔かというと、駅から帰ってくるときに、自転車が蛇行しすぎて、左右の道端に停車している自転車を次々に倒していったくらい。電車の中でアリシア・デ・ラローチャが死んだといっている酔っ払いがいた。帰って確認してみたら、2009年9月25日に本当になくなっていた。黙祷。あと円楽黙祷。ラローチャと言えばモーツァルト、ラヴェル、ファリャ、アルベニスだろうけど、最後はアルベニスで。

ヒットエンドラーン

なぜニジンスキーの振付を思い出したかというと、

この間、鳥居みゆきが正統派漫談みたいなことをしていたからだった。

ヒットエンドラーンからの連想。

打ち込み「春の祭典」

以前「古典」を聞こうとしてベートーヴェン全集を買った件について、感想を書いていなかったが、結局、その試みは失敗に終わっていた。彼の交響曲は、すべての曲で古典の枠からはみ出してしまっている。音楽が進むにつれて、ミシミシ音を立てて枠を壊してしまっているのだ。文字通り「破格」というやつだ。「古典派」なんて言ってゴメソ。

そこで映画「シャネル&ストラヴィンスキー」の予告編を見て、久しぶりに「春の祭典」を聞いた。ブーレーズがクリーヴランド管弦楽団を振ったやつだ(もちろん1969年の録音に限る)。こっちの方がベートーヴェンより、ずっと「古典的」で整然とした秩序に裏付けられている。そのことを、ここまで意識した(解明した)演奏はない。実に頭のすっきりする音楽だ。

それにくらべると、おどろおどろしい雰囲気を前面に出して、ドカドカやる演奏の愚かしさと言ったら。・・・もう、本当にやめてもらいたい。この音楽を「原始主義」とか「野獣主義」などと呼ぶのは、音響の雰囲気のみに耳を奪われた愚論だと思う。おかしなロマン主義を持ち込むなら、打ちこみの方がずっといい(退屈なら3:00以降)。

ただ、「原始主義」の意味が、武満徹がデビュー作で山根銀二に評されたという「音楽以前である」という意味であれば、あながち間違ってはいないのかもしれない(武満は「酷評された」ことになっているが)。「春の祭典」は確かに、いわゆる「音楽」以前に遡った秩序に従っているといえるかもしれない。

単なる想像でしかないが、原始時代の音楽は、まずは棒切れで地面をポコポコ叩き、そのリズムの中から、例えば4拍ごとに1度アクセントを入れてみるとか、アクセントを2拍目にしてみるとか、そんなところから徐々に「音楽」に発展していったのではないだろうか。その意味では、「数」は原始経済のみならず、祝祭というか呪術のような領域からも発展していったのではないかと思う。

ストラヴィンスキー自身が、最終部分の変拍子を振れなくて4分の4で振っていたという噂が本当かもしれないと思うのは、この曲が数的な秩序に貫かれて書かれているために、それが最終的にどういう音楽になるのか、ある部分では作曲者のあずかり知らぬところにいってしまっているのかも、と思うからだ。(ただ、ピアノでは弾けただろうから、無責任な音を書いたわけではない。)

言い方を変えると、12音技法によって新しいメロディー(後にはリズムもコントロールしようとするけど)を発明した新ウィーン学派に対して、ストラヴィンスキーはリズムを数的に秩序づけることで、どんな音楽になるか挑戦したのではないかと思う。それは理論的な試みではなく、ディアギレフからバレエ・リュスのための舞踏音楽として委嘱されたことがきっかけとなったのかもしれないが。

したがって、書き方としては絵画におけるキュビズム(色彩を廃して形象と濃淡のみで絵画を構成する)だったのだが、「春の祭典」の売り出し方は、いまも昔も決まって荒々しく色彩をぶちまけたフォービズム(野獣主義・笑)だ。彷徨する金管とか――。この音楽には「音楽以前」と、反浪漫主義としての「古典」、さらには「モダン」を同時に聞いた方がいいと思う。それがすべてでないし、強制する必要もないが。

そう考えると、実際のバレエにおいて、古典性やモダン性を前面に出したような振り付けは見たことがないが(エロを強調したベジャールの振り付けは、ニジンスキーより後退している?ピナ・バウシュのがまだモダンな感じがした)。・・・そもそも、ストラヴィンスキーというのは、最初から秩序を重視する「古典主義者」だったのだから、「原始主義から新古典主義に転向したカメレオン」というのは、まったくの誤解だったんだろうなと思う。

ハピバースデイ、ディア、オチンコ!

2009年10月21日は、アメリカ・マイナーリーグのプロ野球選手、ショーン・オチンコの22歳の誕生日だ。ハピバースデイ、ディア、オチンコ!ハピバースデー、トゥーユー!好みの異性のタイプはブロンドの女性。ウィキペディアにそう書いてある。

ストラヴィンスキーの「ハピバースデー」を。

そして2chのオチンコスレを。

東京事変「OSCA」三態

バンドのみ(音がよくてビックリ!)

ダンスのみ(idevian crew)

合体(最終形)

加藤和彦さんの訃報に触れて

加藤和彦さんの訃報に触れて、自分の問題として、老いや貧しさ、創造性の衰えについて考えをめぐらした末に、ああ、こうやって自分は自殺をしないための理論武装をしているのだなと思った。別に世の中は突然はかなくなったのではない、ずっとはかないのだから。だから世をはかなんで自殺してはいけないと。そうブログに書いておく意味はあるような気がする。

そして、加藤さんが「音楽でやるべきことがなくなった」と知人に手紙を書いたらしいということについて、自分に対しては「やるべきことは最初からなかった」「やるべきことがない状態で何をするのかが問題」とは考えるものの、本当は肯定したくないが、加藤和彦さんにとって「音楽でやるべきことがなくなった」ということは、自殺の理由に十分なりえたのだろうと思う。

そのあとで頭に浮かんだのは、3人目の奥さんである中丸三千繪さんとなぜ別れたのかということだった。これについては産経新聞が中丸さんのコメントを取ってくれていたので、メモとして貼っておきたい。

「たぶん、あんな優しい男性は世界中を探してもいません。形だけの優しさではなくて…。例えば、彼が家にいない時、私が帰ってくると、部屋の中に「おかえりなさい」などと書かれたメモ用紙が何枚もはってあるんです。私はそれを一枚一枚とって歩いて…。そんなことをしてくれる優しい人でした。『離婚してほしい』と言ったのは私の方でした。それからは数年前に顔を合わせたのが最後。『幸せにするよ』と言ってくれたのに、応えられなくてごめんなさい」

中丸三千繪が歌う「私を泣かせてください(涙の流るるままに)」を。

「ペール・ギュント」と「火の鳥」(厨二レヴェル)

いまはインターネットを中学2年生も見ていると思うので、厨二病的な思い付きを書いておくと、うっかり目に入ったりするかもしれないので、備忘録として書いておく。

グリーグの「ペール・ギュント」と、ストラヴィンスキーの「火の鳥」って、似てるよね。

まずはオープニング。「ペール・ギュント」の「朝」。

「火の鳥」の「序奏」。長調を短調にしただけで、ほとんどパクリw。

それから「ペール・ギュント」の「山の魔王の宮殿にて」は、

「火の鳥」の「魔王カスチェイの凶悪な踊り」。魔王つながりだし。
音型が似ているところがあるような感じもする。

結論:ストラヴィンスキーは「新古典主義」時代以前から、堂々とパクリをやっていた。そもそも「3大バレエ」という構成自体がチャイコフスキーのパクリだけど。ネットで検索してみたけど、指摘している人がいなかったので。

続・シャネル&ストラヴィンスキー

『シャネル&ストラヴィンスキー』で検索してくる人が増えているので、追加情報を。前回のエントリーでは、予告編へのリンクしか貼れなかったが、YouTubeに別な動画があったので貼る。(記事タイトルを「シャネル&ストラヴィンスキー2」にしようかとおもったが、「ロッキー2」みたいなのでやめた。)

予告編でも使われている「春の祭典」という曲の初演は1913年5月29日。日本なら大正2年のことだ。その時期に、これだけ精緻で革命的な音楽が構想されただけでなく、実際に作られ演奏されたということは、本当に驚異的だと思う。初演のパニックについては、法政大学の鈴木晶教授の「リズムとの対決/「春の祭典」がたどった運命」にまとめられている。一部引用。

“「こんなものは芸術じゃない。やめろ!」という反対派と、「黙って聞け、素晴らしい芸術じゃないか!」という賛成派とが、怒鳴り合い、殴り合いまで繰り広げたのだ。「まるで地震みたいでした。劇場自体が身震いしているかのようでした。観客が罵り、怒号し、口笛を吹くので、音楽はまるで聞こえませんでした。平手打ちの音や殴り合いの音まで聞こえました。あんな場面は、言葉ではとても言い表せません」と、ヴァランティーヌ・グロスは書いている。”

もし『シャネル&ストラヴィンスキー』を見に行くなら、YouTubeでいいから、この曲をひと通り聴いておくことをおスススします。予告編に出てくるピアノは、編成に含まれていない。下の動画は、二部構成のうちの第一部の後半部分。

宮下誠追悼4

ようやく『カラヤンがクラシックを殺した』(2008年11月発行)を再入手(再々々々々入手か)。読み返してみたが、感無量でコメントのしようがない。とりあえず「はじめに」から、最小限を引用。

 この賭けに、持ち得る全部の金を惜しみ無く運命のテーブルに投げつける、今がその最後のチャンスである。尻込みしてはならない。さもないと私たちは取り返しのつかない悪夢の世界に驀地(まっしぐら)に落ちてゆくほかないだろう。残された時間はあなたが思っているより遥かに少ない。

少なくとも、先生の「残された時間」については、正しかったな。そして、「謝辞」からも。

 愚息、○○、そして新しく家族の一員となった駄犬、○○○○には迷惑をかけた。夏休みを台無しにしてしまった。この場で詫びておきたい。ごめんなさい。
 驚きとともに附言しなければならないことがある。今まで私の仕事を蛇蝎のように嫌い、頑なまでに無視し続けてきた妻、○が今回は校正の筆を執ってくれた。(中略)心からありがとう。

どこかで見たセリフだ。『ゲルニカ』(2008年1月発行)の「謝辞」じゃないか。

 妻・○と愚息・○○には貴重な夏休みを台無しにさせてしまった。それでも彼らは文句一つ言わず、書斎からリビングに移って山となす資料の中で悪戦苦闘している筆者を無言で見下ろしながら、それでも優しく見守ってくれた。ありがとう。

2年連続で、夏休みが台無しじゃないか。ダメだよ先生!

では最後に、あてつけにカラヤンの演奏から。これなら先生も満足してくれるだろう。安らかにお休みください。

宮下誠追悼3

六本木で打ち合わせ。帰りに近くの本屋に寄ったが、やはり宮下先生の『カラヤンがクラシックを殺した』は無し。その代わり、他のカラヤン本が何冊か目を引いた。

『素顔のカラヤン』 なぜ彼は「完璧主義の音楽ビジネスマン」と誤解されたのか?だって。茂木健一郎の『カラヤン―音楽が脳を育てる』かあ。テレビタレントには勝てないよね。これらの本の隣には、さすがに『カラヤンがクラシックを殺した』は並べられない(笑い)

家に着いてトイレに入って、棚にあった宮下先生の『ゲルニカ』を手に取る。これは名著と言っていいんじゃないか。第二章の「制作過程」で取り上げられている数々の《ゲルニカ習作》が貴重だ。

やっぱり西洋美術史をやるには、ヨーロッパに長期留学して、日本では目にできない資料を現地で見て、日本語で紹介するだけでも一仕事。学問の基本は、ある側面では「外国語」そのものだ。

20世紀に起きた2つの世界大戦を後方に望みながら、いまだ戦争から解放されていない現在の私たちは、『ゲルニカ』が放つ何か大切なメッセージを見失っているのではないか。(「はじめに」より)

こういう動機で1枚の絵を丹念に見る過程を1冊の本に仕上げるというのは、大変な仕事だ。これからも光文社新書の重要なラインナップとして、いつまでも残ることだろう。

光文社の経営が危ないという噂もあるし、『カラヤン・・・』を書くとき、宮下担当の小松現氏が「どうせ売れないから、好きなことを書いて良いよ」とメールしたらしいけど(笑い)、志の高い本をたくさん出している会社なので、なんとか持ち直して欲しい。

それからiTunes Store で「albinoni adagio kegel」で検索して、悲痛なアルビノーニのアダージョを購入して、ぜひ聴いてください。今日もまたクレンペラーで、ブラームス交響曲第一番の第一楽章の途中から。

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