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キリンジ「口実」(諍いの後には咽喉が渇く)

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キリンジの「口実」が入っている名盤『45'47''』で、iTunesのリンク作成テスト。

眠れない夜には枇杷を食べる
橙色のベルベット
唇でついて 蜜を集めて
噛んで種を吐き捨てる もうひとつずつ
鈴木翔 「誰かに宛てる独り言」-口実

◆タイトルの由来は収録時間そのまま47分45秒なのだけど、最後の曲「口実」のあとにしばらく無音があり、「唐変木のガイダンス」のバンジョーのリプライズが入っている。
◆これ、どうやら「どうしても47分45秒にするために入れられた」らしい。
2006-01-17 -ササクレ屋

このアルバムには「牡牛座ラプソディ」も入っている。“周りぜんぶバッファロー!”って、どういう意味なのだろうか。「牡牛座ラプソディ」にはPVも歌詞情報もあるが、

「口実」には何もないのが惜しい(歌詞はこちら)。西部劇だかハワイアンだかよくわからないワルツだけど、すごくいいメロディだし、いい歌詞だと思う。ビワって、あれであって、あれでもあるんだろうね。ひどいエロさだ。もういちどリンク。

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堀込兄が最近よく聴いているのは

最近よく聴いているのは武満徹です。
堀込高樹(キリンジ)2009.10.07

やっぱりね。そう思いました。たぶん、最近だけでもないと思います。

関連記事w:武満→キリンジ 2008.11.20

そのひとはもうしんでてもいいから

昨年(2008年)の1月、一晩で武満徹の作品を3つ、そのあとに休憩を置いてルチアーノ・ベリオの「シンフォニア」を演奏するコンサートがあった。指揮は沼尻竜典。演奏は東京都響。何度でも言うが、沼尻さんは活動の拠点を海外に移した方がいい。

武満の3つは、初期の「レクイエム」と、中期の「アステリズム」、後期というか晩年の「系図(Family Tree)」だった。慟哭する1曲目と、クレシェンド・アド・リビウムの狂乱の2曲目、そして子どものための、夢の中を浮遊するような3曲目。

3曲目の終わり付近で、「ああ、ひとりの人間の一生が閉じられようとしている」という、何とも言えないしんみりした気持ちになった。これは、あるひとりの作曲家の作品を立て続けに3曲通して聴くという贅沢な経験からくる感情だったろうと思う。

この曲の初演のころは、すごく評判が悪かった。これまでさんざん我慢して不協和音に付き合ってきたのに、何なんだよ今さら、みたいな。なら、我慢なんかしなきゃよかったじゃないか。まるで、いまわの際に「今生の別れに一度でいいから、たっぷりと汁をつけたそばが食べたい」と嘆く江戸っ子みたいに。・・・違うか!

「系図(Family Tree)」は、YouTubeになかなか出なかったが、初演でナレーションをやった遠野凪子出演のビデオがアップされていたので。映像はあまり好きではない部分もあるが、音楽に浸ると気持ちがいい。

確かに、どうしちゃったの、とは思うよ。でも、それと良し悪しは別。時間のない人は、6分少し前からでもいいから。谷川俊太郎の詩。

「そのときひとりでいいからすきなひとがいるといいな/そのひとはもうしんでてもいいから/どうしてもわすれられないおもいでがあるといいな」

「ベルリンフィルと子どもたち」のDVDを借りる

ツタヤに行って、ふと「ベルリンフィルと子どもたち」のことを思い出し、店員に調べてもらった。なかなか見つからないので、何の棚を探せばいいのか聞いたところ「シリアス」だという。見てみると、わずか3段の中にゴダールだのフェリーニだのルイ・マルだのがぎっしり詰まっている。おいおい、俺が見たいDVDって全部シリアスなの?(笑)こんなに広い店内で、たった3段しかないわけ?と思ったけど、その3段の中から「ベルリンフィル」を発見できない店員。たぶんまったく興味が持てないから目に入ってこないのだ。結局、自分で発見して借りた。

久しぶりに見たが(前回はNHKでの放送)、やっぱりなかなかの感動。「教育」の意味が、日本の学校とはぜんぜん違う。教育に携わる人は、見ると参考になると思う。ダメダメ会社を引き受けたコンサルタントとか、ダメダメ新人を引き受けた管理職の人にも役に立ったりするかも。本当は学校教育に携わる教師たちにとって、すごくいい教材なんだけど、たぶんいろいろ言い訳してやらないだろうから見なくてよろしい。

テレビでは見れなかった「メイキング」によると、どうやら「春の祭典」の翌年以降も、同じようなプログラムをやったらしい。翌年はラヴェルの「ダフニスとクロエ」、翌々年はストラヴィンスキーの「火の鳥」だ。最初の年にやった子たちが、ダフニスや火の鳥にも出たらしいけど、曲もずいぶん聴きやすいし、踊りやすかったのではないか。あらためて、最初の年に「春の祭典」を選んだサイモン・ラトルの信念の凄さに感心する。

DANCE SERIES II: DAPHNIS ET CHLOÉ

DANCE SERIES III: FIREBIRD

ラトルは「芸術はぜいたく品じゃない。人間に必要なんだ。空気を吸ったり水を飲んだりするように」と言ってるけど、日本で同意する人はいないんじゃないか。でも、それはかえって幸福なことで、当時のベルリンの子どもたちは「春の祭典」のプロジェクトがなければ生きる希望も持てなかったし、その後も自分の力で生きていくことはできなかった子もいた。プロジェクトが回を重ねることで有名になり、富裕層の子たちも集まってきて、意味合いが薄れたかもしれないけど。・・・いやいや、それでもダンサーの層が厚くなることは、ベルリンの文化において意味がある。

塾の受験勉強優先で学校の授業なんか聞いていない国の「教育」と、教育なしには生きていくことができない国の「教育」とは、まあワケが違うと言えば違う。何週間もストラヴィンスキーのバレエを踊らせるプロジェクトがあっても、日本なら、ふつうの子は「そんなことして何になる?」としか思わないだろうし、将来バレエをやりたい子か、受験に有利だと思ってくる子ばかりが集まるだろう。幸福なのか不幸なのか分からないが、日本にラトルのような「教師」がいないのは不幸な感じがする。まあ、芸術の「危険性」に気づいている日本国民も賢明なのかもしれないけど。

それにしても、「火の鳥」(1910年)、「ペトルーシュカ」(1911年)、「ダフニスとクロエ」(1912年)、「春の祭典」(1913年)と、バレエ・リュスというのは、本当にすごい仕事をしているし、1910年代のパリは恐ろしいほど充実している。100年後の「春の祭典」は、どこの誰が生み出すのだろうか。言うまでもないけど僕には無理。

ベルリンフィルと子どもたち

ベルリン・フィルハーモニーが、音楽監督のサイモン・ラトル(ガラガラ)と契約を2018年まで延長したという。ラトルの指揮がどうとかいうのは、なかなか評価が難しい。うならされるところは多いのだが、そのスタイルがどういう思想に基づいているのか、よくわからない(なんとなく、ネオ・カラヤニズムのような感じもする)。たぶん音楽の天才なのだろう。

ラトルが音楽監督になってから、確か2005年くらいに「RHYTHM IS IT!」という映画が作られた(日本語版「ベルリンフィルと子どもたち」)。煙草を吸ったりキャンディをなめたりしているベルリンの(やる気のない)子どもたち250人にバレエを教え込んで、ベルリン・フィルと共演させるのだ。その企画と、映画にも出てくる巧みな指導力には、本当に感心させられた。

そして、ここでも音楽はストラヴィンスキーの「春の祭典」だ。冒頭のファゴットが、あんなに美しく歌った演奏は初めて聴いた。サン=サーンスが「楽器の使い方を知らないヤツの曲は聴きたくない」と言っていきなり席を立った、あそこだ。・・・そこは好みだ。確か楽譜には、最初の音は四分音符にフェルマータが付いただけのものだったと思う。たったそれだけの記号に、なんと多くの人たちが多くの表情を付けてきただろう。

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