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所有は時代遅れではなす

あー確実に調子悪いわー、って無能の口癖?w

ちきりんさんが「“所有”という時代遅れ」っていうコラムで、デジタルとアナログを混同してたりして突っ込まれてるけど、本当はそこがポイントじゃないでしょう。

そもそも「なんで所有する必要があるのか」「所有することの合理性はなにか?」と言えば、所有することによって「いつでも使用できる」からですよね。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100622

たしかに合理性とか言われると、そう考えちゃうけど、所有ってのは「自分が使う」というより、「他人に使わせない」という排他性の意味合いの方が実際強いよね。

で、それを所有するためには、対価を払うとか、権力を行使するとかするわけだけども、そういう行為を通じてしか、真善美は実現されない。大衆が「まあきれい!」と口にした程度では、ぜんぜん覚悟も犠牲も足らぬのだ。

博物館で誰もが見られる状態になった真善美は、牙を抜かれた虎みたいなもんですよね。例外は私立美術館か。「ほらすげえだろby出光」とか「まあ見してやんよbyサントリー」とか。悔しかったら所有してみろ、と。

これを入手するために、どれだけの財力と政治力が要ったのか。という意味では、国家が所有するもののすごさを感じることもあるけど。

で、僕らは出光美術館が所蔵している仙涯をいまさら入手することはできないけど、新しい価値を所有する可能性に対しては開かれている。

ただし、「可能性」なんて言うだけでは、とても真善美に近づくことはできない。イデアは「美とは何々である」という言葉では表せず、「これも美である」という言動によって初めて具現化されるのだ。

必要なのは具体的な価値判断と、所有という行為。

そのことを真剣に考えるなら、「“所有”という時代遅れ」なんて言えない。ていうか大量複製時代において、いよいよ必要な真剣勝負となったと言ってもよかろう。

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