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「天罰」から遠く離れて

原発をめぐってリスクだのデマだのが言われているが、そもそも福島に原発を置いたのは、仮にそこで最悪の事態が起こったとしても、首都東京に被害が及ばない場所として選ばれたに決まっているではないか。ソーシャルメディア上の誰かの「信用できる情報」以前に、なぜその問題を迂回して饒舌なおしゃべりを続けていられるのか。放射線リスクの判断材料となるデータだって公開されているというのに。

かの地の深刻さに比べて、東京の「デマ」だの「パニック」だのの、なんと優雅なことよ。よほど想定外のことがあったとしても、東京は壊滅しない。なぜなら、かの地を犠牲にするから。そのこと自体に戦慄すべきだろうと。

また、石原慎太郎の「天罰」発言が大問題とされているが、それとほぼ同じような構図をがっちり保った発言が色々なところから出てきて、「感動した」とか言われているのはどういうことなのか。たぶん、石原慎太郎がまっさきにホンネを言ったので叩かれたが、同じことを言いたい人はたくさんいたのだろう。

この手の発言が「作家」たちから出ているのは、考えて見れば当たり前のことだ。結局、作家という種族は、「男」の「言葉」の「帝国」(by丹生谷貴志)の住人であり、共同体のロマンへの夢なしには生きていけない人たちなのだ。

思想は現実の役に立たないと言っているのではなく、役に立つ思想と役に立たない思想があるということだけだ。目の前の現実にとって役に立たない思想があっても、別によいと思う。しかし、あたかも役に立っている、現代的な思想の顔をして、実はただこの危機を利用して自分の夢を肥やそうとしているだけの動きには、うんざりする。たぶん、この事態を救える思想は他にあるのだろう。

たとえば、かつてカネの亡者と呼ばれ、天皇を呼び捨てにし、尖閣諸島なんかくれてやれ(これに対して石原が「昔なら殺されてます」と言ったのは象徴的)というホリエモンの前には、化けの皮が剥がれたタヌキと言われてもしようがない醜態を晒しているのではないか。

「急ピッチで復旧は進んでいるが、まだ東北道の被災地域は時折道路がガタガタになる。」
堀江貴文のツイッターでの投稿
http://twitter.com/#!/takapon_jp/status/49433323931582464

以下、証拠品をずらずら並べてみると、なぜこうも似ているのか、不思議なばかりだ。みな、「いよいよ来たぞ、この時が」「待ってました!」「これで『かわいそうな若者の不幸な時代』が終わる」と言わんばかりだ。

むしろ石原発言が一番端的で、表現的にもこなれていて、一番マシな気さえする。とはいえ、おれはそんなロマンになんか取り込まれたくない。それとこれとは別だ。そこに救いはない。決して協力したくない。

「我欲で縛られた政治もポピュリズムでやっている。それを一気に押し流す。津波をうまく利用して、我欲をやっぱり一回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う 」
「アメリカのアイデンティティーは自由。フランスは自由と博愛と平等だ。日本はそんなもんない。我欲だよ。物欲、金銭欲」
石原慎太郎
http://www.daily.co.jp/gossip/article/2011/03/15/0003867235.shtml

「だが、全てを失った日本が得たものは、希望だ。大地震と津波は、私たちの仲間と資源を根こそぎ奪っていった。だが、富に心を奪われていた我々のなかに希望の種を植え付けた。」
村上龍:
危機的状況の中の希望
http://www.timeout.jp/ja/tokyo/feature/2581/

「第二次大戦以降、初めて日常性の断絶を日本人が経験している。三島由紀夫が呪詛した日常性が終ったのである。この悲惨な現実を克服する過程で、新しい復興という時代精神がこの島国に胚胎するかもしれない。」
猪瀬直樹のツイッターでの投稿
http://twitter.com/#!/inosenaoki/status/48070283659186176

「震災前の日本は来るべき衰退に怯える臆病な国だった。人々は国に何も期待せず、世代間の助け合いや地域共同体内の信頼も崩壊し始めていた。しかし、日本人はこの大災害の経験を、新たな信頼によって強固に結ばれた社会を建て直す、そのきっかけにできるかもしれない。」
東浩紀:珍しく日本人であることを誇りに思う
http://blog.livedoor.jp/magnolia1977/archives/52018307.html


ものすごく寒い

東北関東大震災から一週間。昔の文人なら「震災日記」を書き始めていたかもしれないが、そういう気にはなれない。それは私が文人でないからではなく、東京が直接の被災地となっていないからだ。

確かに揺れは大きかったし、停電するところもあるはあるし、放射線が飛んでくるリスクはなくもないが、直接の被災者と比べれば全く微々たるもので、特に書き綴る事象もない。

あるとすれば、この寒さだ。東京でさえこんなに冷え込むのだから、被災地ではどんなに厳しいことだろうと想像するだに暗澹たる思いがする。この「暗澹たる思い」こそが、非被災地である東京を象徴している気がする。

事実、現地で被害をあまり受けず、温かい場所や食料を確保できている人は、直接の被災者故に、暗澹たる思いよりも自分の生活を立て直したり、仲間を助けに行ったりすることに、一種の意欲を燃やしている。空元気もあるかもしれないが、もし自分がその程度の被災者であれば、そう思っただろうと想像する。

(村上龍が「これまで自分たちの繁栄に酔いしれていた我々は、再び希望の種を植えたのだ」と興奮しているのは、それに似た感覚の可能性があるし、猪瀬直樹が「三島由紀夫が呪詛した日常性が終ったのである」というのも同じような意味だろう。しかし心ある人たちは、「退屈」も「日常」も受け入れる覚悟をしつつあったはずだ。)

重要なのは、その「程度」の問題だ。極端に言えば、すでに亡くなった方はもう苦しむことはない。無念だったろうが、いまは何も感じることはない。問題なのは、亡くなった人と意欲を燃やす人の間にいる人の、飢えや寒さや孤独だ。

身内がすっかり亡くなり、自分だけが残って、持病を悪化させ、さらに別の病気を併発させながら、飢えや寒さに苦しみ、孤独に呆然としている人のことを想像するだに、腹が痛くなる。避難中に命を落とす人もいるだろう。いま一番メモしておきたいのは、その人の絶望感への思いである。

金曜日に地震と津波があった夜は、多くの電車が止まって帰れなくなった人が出た。私は都営線の駅まで歩いて混雑する電車で帰ったが、被害があまり明らかになっていなかった土曜日は、震災直後にかかわらず、つかの間の日常があったように思う。

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